Mia Travel Europe

ヨーロッパを歩いて見つけた、圧倒的に素敵なものたちの記録です。

Weekend@Berlin ベルリンのモニュメントの写真と行き方

time 2016/01/24

Weekend@Berlin ベルリンのモニュメントの写真と行き方

ドイツ観光といえば中世のお城にメルヘン街道、一年中クリスマスグッズを売っている小さな村なんかに行くことが多いけど、今回は初めてベルリンに行ってきました。

ベルリンといえば東西冷戦で2つに分割されてしまった街。20世紀の世界の歴史はベルリンに象徴されていると言っていいと思います。冷戦後に作り直された近代的できれいな街並みと戦争の面影を残す遺構、貧しかった旧東ベルリンの面影を残す集合住宅などがあり、独特の空気が流れています。

カイザーウィルヘルム記念教会

IMG_2709-resized-1024x768 fi
1891年に起工、4年後の1895年に完成したカイザーウィルヘルム記念教会。1888年に亡くなったヴィルヘルム1世を追悼して建てられたものだそうで、このヴィルヘルム1世は世界史の授業でも習った有名な宰相、ビスマルクを重用し、対仏包囲網を作り上げた人です。彼の息子は即位後わずか99日で病死したため、孫であるヴィルヘルム2世が29歳で即位・親政を行いましたが、ドイツ帝国拡大の路線を強硬に進め周囲の国との対立を起こし、結果として2度の大戦と巨額の賠償金負担によるドイツの国力の大幅な低下を招きました。

tile

教会の天井には一面に巨大なモザイク画があり、とてもきれいです。カイザーウィルヘルム記念教会は完成からわずか48年後の1943年に第二次世界大戦時の空襲で大幅に損壊し、現在も修復は最低限に止め、痛々しい姿のまま残されています。内部には1900年頃の教会周辺の街並みの写真などが展示されており、いかにもヨーロッパという重厚な中世の街並みがここにもあったことがわかりますが、空襲によって失われてしまったそうです。写真の但し書きには、「insane(正気の沙汰ではない)な政治を許してしまったことが、悲劇の戦争と街の破壊に繋がってしまった」というメッセージが書かれていました。国民が政治に煽られ、軍国主義になってしまった点に関しては日本の歴史とも共通点を感じるところがあり、二度と繰り返してはいけないと改めて感じる一方で、戦勝国の側にはベルリンを破壊してしまったことに対する内省があるのか気になりました。第二次世界大戦中ヒトラーが、対戦国フランスの重要な歴史的都市であるパリの破壊を命じたようですが、命じられたドイツ人将校がこれに従わなかったために、パリにはまだその美しい街並みを残しているというエピソードがあります。

ちなみに教会の目の前の通り、Kurfürstendamm通りとその続きになるTauentzienstraße 通りは一大ショッピングストリートで、ZARAやユニクロ、H&Mなどのチェーンがそろっているので、足りない洋服を買い足したりするのに便利です。

ベルリンにはほかにも様々なモニュメントが点在しています。

ブランデンブルク門

ブランデンブルク門resize

世界時計

sekaidokei

テレビ塔

tvtower

ベルリン大聖堂

cathedrale

ベルリンのアクセス

空港から市街

ベルリンにはテーゲル国際空港とショーネフェルド空港の2つの空港があります。

テーゲル空港:街の北西にある空港で、日本からくる場合はだいたいこちらに着くようです。街により近いのもこちらで、例えばZoologischer Garten駅近くの停留所まではバスで20分ほど。

参考になるリンク☞

ショーネフェルド空港:旧東ドイツにある空港で、LCCの発着も多い空港です。市街まではSバーン9号線もしくは45号線で30分ほど(ゾーンC)。他にバスなどもあるようです。

参考になるリンク☞

ベルリンはヨーロッパのほかの街に比べてタクシー料金もとても安いし、ドライバーさんも親切な印象ですが、必ず公式タクシー(クリーム色の車体で上部にタクシーと明記)を利用したほうが良いそうです。

市内交通

ベルリン市内はSバーン、Uバーン、バスなどがたくさん走っていてとても便利です。私は空港からのアクセスが良い動物園駅近くに滞在したのですが、観光路線の100番バス(動物園駅からブランデンブルク門のほうへ行くバス)がとても便利でした。

参考になるリンク☞

世界史は学校の教室で暗記事項として習うとあまりおもしろくなかったけど、実際に歴史の舞台になった街に行くと、歴史を知っているからこそ感じられること、楽しめることがたくさんあるなと思います。ベルリンに行かれる方はぜひ先に少しおさらいしてみてください。

down

コメントする




CAPTCHA